デジタル遺品整理・生前整理

デジタルの整理業を始めた理由 ~弟の突然死とスマホの中の見えない人生~

今日は、私がデジタル遺品整理・生前整理サービスを始めたきっかけについてお話しします。

突然の別れ

2020年春、弟が亡くなりました。40代半ば、実家で一人暮らし。コロナ禍初期の混乱の中、原因不明の突然死でした。

弟はフリーのライターでした。三国志やSF作品など、自分の好きな分野について書く、マイペースな生活を送っていました。締切にルーズで、編集者から催促の電話が来ることもしばしば。そんな弟らしく、亡くなったことに最初に気づいたのも、原稿の催促をしてきた編集者でした。

5LDKに広がる趣味の世界

両親亡き後の実家は、弟の趣味で埋め尽くされていました。プラモデル、フィギュア、専門書。整理整頓とは無縁の、まさに「好きなものに囲まれた」空間でした。

その中で、仕事道具であるPCやスマホも、あちこちに散らばっていました。充電器を探すのも一苦労。几帳面とは正反対の性格が、そのまま部屋に表れていました。

中途半端なパスワードメモ

遺品整理を進める中、引き出しから一枚のメモを見つけました。

「パスワード たぶんこれ」

几帳面でない弟らしい、なんとも頼りないメモ。しかも、どの機器のパスワードなのか、いつ書いたものなのかも不明。メモには3つほどパスワードらしきものが書かれていましたが、最後まで判読できない文字もありました。

30年以上SEをしていた私は、このメモを頼りに各デバイスへのアクセスを試みました。

開いたもの、開かなかったもの

メモのパスワードで、古いノートPCは奇跡的に開きました。中には仕事の原稿や、趣味の考察記事がたくさん。編集者への未送信メールも見つかり、なんとか仕事の引き継ぎはできました。

しかし、メインで使っていたスマートフォンだけは、最後まで開きませんでした。

試したパスワード、誕生日、好きなキャラクター名、思いつく限りの組み合わせ。でも、現代のスマートフォンのセキュリティは固く、何度も失敗するうちにロックアウト。

結局、弟が日常的に使っていたLINE、写真、メモ、そういった「普段の弟」が詰まったデータには、永遠にアクセスできないままでした。

技術者としての無力感

SEとして長年働いてきた私にとって、この経験は衝撃的でした。技術の進歩がもたらしたセキュリティは、確かに大切なものを守ってくれます。でも同時に、遺された人から大切な思い出も奪ってしまう。

友人たちは「最後のメッセージがあったかも」と言い、私も「弟の日常を知りたかった」と今でも思います。

新たな使命

この経験から、私はデジタル遺品整理・生前整理の重要性を痛感しました。

几帳面でなくても、せめて「もしもの時」の準備だけはしておいてほしい。完璧でなくていい、中途半端でもいい。でも、確実に伝わる形で残してほしい。

現在、私は同じような経験をされた方々のお手伝いをしています。技術的なサポートはもちろん、「どう準備すればいいか分からない」という方への相談も承っています。

弟のスマホは今も引き出しの中にあります。いつか開く日が来るかもしれない、そんな淡い期待と共に。でも、これ以上同じ思いをする人を増やしたくない。それが、私の新しい仕事の原動力です。

大切な人のために、そして自分自身のために。デジタル時代の「もしも」に備えることの大切さを、一人でも多くの方に伝えていきたいと思っています。